HEIRLOOM

 三人は自分たちに出来ることと出来ないことを検討し、出来ないことには第三者の手を借りて進めると決めた。開店まで一ヶ月強しかなく、ましてや学校に通いながらの作業では限界がある。
 先ず、商標図案(ロゴマーク)と内外装は専門の業者に任せることにした。それぞれの業者にこちらの意図を伝え、上がってきたものを叩き台にみっちり話し合った。その結果、双方共にこちらの予想を上回る良いものが出来上がった。特に内装は人の導線を始め、水回りや光熱設備、吸排気など考慮され、マドカとマードック博士の二人だけでも充分に店を切り盛りできるよう設計されていた。
 同時に陶磁器や調理器具、調度品を選定した。イメージにあったものがなかなか見つからず、パステルと共に足を棒にして探し回る羽目になったが、おかげでついに良いものに出会えた。これらに仕上がった商標図案(ロゴマーク)を刷って納品してくれるよう交渉した。時間がない、と業者は最初難色を示したが、粘り強く交渉した結果、何とか開店に間に合わせてくれる約束を取り付けた。
 併せて、伝票やナプキン、メニュー表などの印刷物も専門の印刷業者に発注した。
 食材の仕入れ先は案外簡単に見つかった。親が小規模ながら農場を経営している級友がいることに思い当たったライトが事情を話して交渉した結果、野菜と鶏卵を納品してくれることになったのだ。更に、精肉や鮮魚、その他の食材を安く納品してくれる業者まで紹介してくれた。
 食材の納入経路(ルート)が確保されれば、メニューの決定も捗る。お得意の珈琲と、絶対これだけは入れたいとマドカが譲らなかったクッキーを中心に組み上げていった。

 自分たちの店が、二代目「ファンタジアン」が徐々にだが具体的な形になっていく――夢を見ているようだわ。当事者でありながら、マドカはそんなことを思う。
 しかし、懸念事項が一つだけあった。都会島での用件はとっくに終わっているはずなのに、マードック博士が一向に帰ってこないのだ。
 開店まであと一週間。もう時間がない。
 何処に行ったの? 何かあったの? 早く帰って来てくれないと――開店できないよ! マドカの心配は募るばかり。というのも、喫茶店を開店するにあたって届け出をしなければならないのだが、未成年のマドカでは書類を受理してくれないのだ。
「きっと何かあったんだ、探しに行こう」
 そう言うライトの声にも、いつもの元気はない。マドカを始め、ライトもパステルも開店の準備で疲労しきっていた。それでも疲労をおして出かけようとした正にその時、
「マドカ、今帰ったぞぉ」
 マードック博士が意気揚々と帰って来た!
「おお、ここまで出来ておったか。見違えたわい」
 マドカたちの心配を他所に、ほぼ完成した内装を見て感嘆の声を上げる。
「おじいちゃん何処行ってたの? 心配したんだよ?!」
 心配のあまりつい声が荒くなってしまうマドカ。
「いや、すまん。実はあれを探しに行ってたのじゃよ」
 そう言ってマードック博士は店先を指した。見るとバロンビーが大量の麻袋を抱えて佇んでいた。
「儂が若い頃、世界各地を放浪していた時に飲んだ美味い珈琲があってな、それを店で出してみようと思ったんじゃ。だけど、何分昔のことだから、何処で飲んだか忘れてしまっての! いやあ、あちこち探し回っておったらこんなに遅くなっちまったわい」
 照れ隠し気味にカラカラと放笑するマードック博士。
「もう、おじいちゃんたら、それならそうと連絡入れてよ」
「そうですよ、マドカ、本当に頑張ってたんですから」
 パステルに言われるまでもない。自分がどんぶり島を離れている間に、まさかここまで準備できているとは。
「ありがとうマドカ。君らも手伝ってくれたんじゃろう? 本当にありがとうな」

 マードック博士が帰ってきたことで、届け出は無事に受理された。ちょっとした立入検査もあったりしたが、これも難なく合格した。

§ § §

 今日は火曜日。開店まであと四日。
 マドカとライトは学校が終わった後、納品された陶磁器を洗浄していた。機械を使うと傷が付く恐れがあるので、面倒だが一枚一枚手作業だ。
 休憩していた時、店内を見渡していたマドカはふと思い立って、カウンターの上にあの豆碾き機(コーヒーミル)を置いてみた。
「うん、思った通り、やっぱり素敵だわ」
 マドカはすっかりご満悦。
「何だよマドカ、ちょっと気が早いんじゃないか?」
 そんなマドカを見て、ライトが冷やかす。
「そうかも知れないけど……待ちきれないんだもん」
「……本当に好きなんだな、これ?」
 ライトは豆碾き機(コーヒーミル)の動輪を回してみる。がららっ……空っぽの豆碾き機(コーヒーミル)は乾いた音をたてた。
「ええ、おじいちゃんと私の宝物よ」

 ズズ……ン……
 遠くから地鳴りが低く聞こえてきた。

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