Splendor of Ours – the first part –

Confinement〜幽閉

 とある木曜日。
 ふしぎの国の建国記念日である。
 この日は祝日となり、建国祭が執り行われる。早朝から国中が祭りの準備に追われていた。
 無論、女王であるメロディも例外ではない。いつもより早く起きて、いつもより早く身支度を済ませ、いつもより早く朝食を済ませて、祭典の準備に取り掛かっていた。
「女王様、新しいハープの弦をお持ちしました」
 掌に乗ってしまうほど小さい妖精が、弦の束の重みによろめきながらメロディのもとに飛んできた。妖精の名はフルート。メロディの侍女である。
「ありがとうフルート。では【しあわせのハープ】を取りに行きましょう」
 メロディは弦の束を受け取ると、フルートと共に宮殿の奥にある宝物殿に向かった。【しあわせのハープ】は通常この宝物殿に厳重に保管されている。一年に二回、新年祭と建国祭の祭典の時のみ宝物殿から出され、国民の前で演奏されるのである。
 手早く【しあわせのハープ】に新しい弦を張るメロディ。早速フルートが【しあわせのハープ】の調律を始める。音感に優れる妖精族の中でも、フルートは特に優れた絶対音感の持ち主だった。
「女王様、私【しあわせのハープ】ってやっぱりすごいと思うんです」
「あら、それはどうして?」
「だって【しあわせのハープ】の音色を聴いていると、何だか優しい気持ちになれるんですもの」
「そうですね。けれど私は【しあわせのハープ】の力を怖いと思うことがあるのよ」
 メロディの言葉はフルートにとってあまりに意外だった。
 不作、疫病、前国王の崩御――ここ数年悪いことが続いているけれど【しあわせのハープ】があるから、私たちはどんなに辛く苦しくても耐えられるのに……どうしてですか? と尋ねる言葉はしかし、突然の闖入者によって遮られた。
「お早うございます女王陛下。ご機嫌麗しゅう存じます」
 慇懃な挨拶とともに現れた闖入者の正体は、ふしぎの国防衛軍最高司令官・ワンダー将軍だった。ワンダーの背後には、十人ほどの兵士たちが背筋を伸ばして控えている。
「おはようございます小父様……いえワンダー将軍」
「将軍、ここは神聖なる宝物殿ですよ? 兵を連れてくるなんて、一体どういうことですか?」
 メロディの疑問を、フルートが代わりに詰問する。ワンダーは質問に答える代わりに、右手を上げて指を鳴らした。それを合図に兵士たちがメロディたちを取り囲み、
「あっ! 何をするのです?!」
 メロディの手から【しあわせのハープ】を奪い取った。
「ちょっと何するのよ! ハープを返しなさい!」
 詰め寄ろうとするフルートであったが、兵士の頭数分の銃口を向けられては、流石に黙らざるを得ない。
「恐れ入りますが、ご同行願います。できる限り丁重にお連れするよう申し付かっておりますゆえ、大人しくして下されば、手荒な真似は一切致しません」
 一体何が起きているのだろう? 軍の最高司令官が現れたと思ったら突然国宝である【しあわせのハープ】を奪われ、銃を突きつけられた挙句に付いて来いなどという。
 これはまさか――メロディは動揺する心を抑え付け、
「――わかりました。参りましょう」
「女王様……!」
「大丈夫。小父様は撃ったりしないわ」
 怯えるフルートを肩に乗せ、ワンダーの前に進み出る。兵士達が厳重に二人を取り囲み、ワンダーを先頭に歩き始めた。
 ワンダーは宮殿の北側にあるメビウスの塔の前でようやく歩みを止め、
「エース」
 入り口の前に控えていた一人の兵士を呼んだ。
「女王陛下を、最上階の部屋までご案内して差し上げろ」
「了解(ヤー)」
 メビウスの塔は、ふしぎの国の中で最も高く、そして古い建築物である。その為、エレベーター等の設備が無く、昇降の手段は内部の螺旋階段のみである。ただ、今回の場合、それではあまりに時間がかかるうえ疲れてしまうということで、エースと呼ばれた兵士は小型のヘリを用意していた。
「エース? そんな……どうして?」
 エースのことは幼いころから知っている、いわば幼馴染だ。そんな幼馴染からの仕打ちは、メロディに少なからぬ衝撃を与えた。
 エースは無言で、二人にヘリへの搭乗を促す。仕方なく、ヘリに乗り込む二人。メロディたちを乗せて、ヘリはゆっくり上昇していった。
「……エース、私には信じられません。貴方や小父様が、このようなことに加担するなんて……」
 震える声でメロディは呟いた。操縦桿を握るエースは集中しているのか、それには答えなかった。
 やがて、ヘリは塔の頂上に着陸した。先に降りたエースがヘリの扉を開けて、メロディに手を差し伸べる。メロディはその手を取ってヘリから降り――ようとした瞬間、タラップから足を踏み外し、体制を崩した。
「危ない!」
 メロディが転ばないよう、エースは咄嗟に手を引いたが、勢い余ってメロディはエースの腕の中に飛び込んでしまった。傍から見れば、エースがメロディの手を引いて抱き寄せたようにも、見えなくはない。
「失礼しました! お怪我はございませんか?」
「――大事ありません。ありがとう」
 慌てて離れる二人の頬には、何故か赤みが差していた。
 自分の役割を思い出したエースは気を取り直し、メロディたちを直下の部屋まで連行した。見張りの兵士に扉を開けさせ、メロディたちに扉の中に入るよう促す。メロディたちが部屋に入ると、そこには一人の背高痩身の男がいた。
「ナンセンス大公?!」
「ごきげんよう女王陛下」
 その男――ナンセンスは大仰な仕草でメロディに一礼して見せる。まさかナンセンス大公が?! メロディは一気に血の気が引いていくのを感じた。
 ナンセンスの一族は代々王室に仕えてきた家系で、ナンセンス自身も良く仕えていた。だから、一年前にメロディの父・テノール前国王が崩御しメロディが即位したとき、その働きぶりを評価して摂政に任命したのだ。摂政に就任してからも、新女王の片腕として政治の殆どを仕切り、メロディも信頼をおいていた。
 しかし今、信頼していたはずの男は「クーデターの首謀者」としてメロディの目の前に立っていた。
「早速ですが、陛下には暫くこちらで蟄居して頂くザマス」
「蟄居ですって? こんな所に女王様を閉じ込めて、一体どうするつもりなの?!」
 憤るフルートをさらりと無視して、ナンセンスはメロディに詰め寄る。
「ですがその前に、どうしても女王陛下にお尋ねしたい事があるザマス――陛下は『歌』をご存知ザマスね?」
「何のことです? 『歌』といわれても私にはわかりません」
「とぼけるつもりザマスか? まあいいザマス。それは後でゆっくり聞くことにするザマス。ただ――」
 ナンセンスは勿体つけるように背広の内ポケットを弄り、
何かを取り出してメロディたちに見せ付ける。それは、七色の光彩を放つ弦の束だった。
「既に『弦』は私のものザマス。あまり意地を張っていると……最長老(エルディスト)様もご高齢ザマスからねぇ……」
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メロディたちは目を見張った。その『弦』は本来、妖精族の最長老(エルディスト)が管理しているはず。何故ナンセンスの手に渡っているのか?
「最長老(エルディスト)様に何をしたの?! 返答次第では許さないわよ!」
「何もしていないザマスよ。然るべき場所で、大人しくして頂いているだけザマス」
「何ですって――!!」
「お止めなさいフルート」
 怒りに駆られ、今にもナンセンスに飛び掛らんばかりのフルートを、メロディは身を挺して庇う。
「まあ、その気になったら、いつでも声をかけるザマス」
 ナンセンスは余裕綽々の笑みを残し、去っていった。部屋の外に控えていたエースは、その後姿を見送ると、自らの手で扉を閉じ鍵をかけた。
「待ってエース」
 メロディは扉越しにエースを呼び止めた。
「何故貴方がこのようなことをするのです? 何故私たちが、このような目に遭わなければならないのです? せめて理由を聞かせて下さい」
 扉の向こうからの答えは無い。
「……では質問を変えます。ナンセンス大公は『あの計画』を実行しようとしているのですね?」
「!!――」
「答えてエース。これは――女王としての命令です……」
 命令という言葉は、メロディの心を酷く苛んだ。よもや幼馴染に、命令などという言葉を使うことになろうとは。
「メロディ女王……」
 エースはメロディの命令には答えず、見張りの兵士に女王に対してくれぐれも失礼の無いように言い含めると、
「お許し下さい、メロディ女王……」
 扉の前で呟いた。その苦い呟きは分厚い扉に阻まれながらも、メロディの耳に微かに届いた。
「エース……」
 そして、扉の前から足音が遠ざかっていき、
「待ってエース! お願い、待って!」
 やがて聞こえなくなった。

 § § §

 一足先に宮殿に戻ったナンセンスは、ワンダーから【しあわせのハープ】を受け取ると、最長老(エルディスト)から奪った『弦』を張り、宮殿のテラスに向かった。
 テラスの下の広場は、蟻の立ち入る隙間も無いほど大勢の人たちで埋め尽くされていた。建国祭祭典の最後に行われる【しあわせのハープ】の演奏を聴くために、国中から国民たちが集まってきているのだ。
「御覧なさいワンダー将軍。有象無象の民衆どもが、何も知らずに集まっているザマス」
「……その様ですな」
 テラスの物陰からその様子を見下ろし、ほくそ笑むナンセンス。ワンダーは仏頂面を崩さぬまま相槌を打った。
「では、有象無象の民衆どもに、御挨拶してくるザマス」
 ナンセンスは【しあわせのハープ】を小脇に抱え、テラスの中央に進み出た。民衆の間にざわめきが起こる。未だ祭典は始まっていないはずでは? 何でメロディ女王ではなく、ナンセンス大公なんだ?――
 そんな民衆の当惑など意にも介さず、ナンセンスは【しあわせのハープ】を掲げ、高らかに宣言する。
「我トリズン・G・ナンセンスは王室より政権を奪還し、国民に更なる領土と豊かさを、ここに約束するザマス。なお、只今より戒厳令を発令するものとし、従わない者は軍により捕縛、投獄するザマス」
 聴衆から一斉に不満の声が上がった。何だそれは? クーデターじゃないか! 何でお前が【しあわせのハープ】を持っている? メロディ女王はどうした?! まさかもう――
「うっとおしいザマスねぇ……」
 ナンセンスはワンダーを呼びつけ、民衆の鎮圧に当たらせた。そして自分は【しあわせのハープ】を構え、弦を掻き鳴らし始めた。心を逆撫でる不協和音が響き渡る。すると、空を覆っていた雲が僅かに切れ、光が差し込んだ。
 ――ふむ、やはり適当に掻き鳴らすだけでは、この程度のようザマスね。仕方ないザマス。
 ナンセンスは弦を掻き鳴らす手を止め、テラスを後にした。その背後の広場は、軍と民によって阿鼻叫喚の巷と化していた。

 同時刻。
 ファンタスティックアイランドの沖合いに、ふしぎの国防衛軍艦隊が集結していた。
「カーキ大佐! これ以上の進軍は危険です」
「どうしたモスグリーン? 臆したか?」
 ワンダーより艦隊旗艦ワンダーワンダフルを借り受けた、カーキ大佐とモスグリーン少佐は、艦橋で悶着していた。
 ファンタスティックアイランドの周囲には、常に厚い雲と嵐が取り巻いていて、外部との行き来はほぼ不可能である。にもかかわらず、ワンダーはカーキに指定時刻に指定地点を通過しろと命じていたのだ。【しあわせのハープ】の力で必ず通れるようになると言い含めて。
「そうではありません。ただ、このまま進軍すれば嵐に巻き込まれて、戦う前から損害を被りかねません」
「そう言われても、私は将軍閣下の命に従っているだけだ」
「しかし――」
「くどい! 文句があるなら将軍閣下に直接申し上げろ!」
 軍においては上官の命令は絶対である。モスグリーンは唇を噛んで押し黙るほかなかった。
 程なく艦隊が指定地点に差し掛かったそのとき、進軍方向の雲に切れ間が生じた。嵐も未だ残っているが、進軍に影響が無いほどすっかり弱まっている。
「見ろモスグリーン! 将軍閣下はこうなることをわかっておられたのだ! 【しあわせのハープ】万歳!」
 自分の手柄であるかのようにはしゃぐカーキを尻目に、モスグリーンは今更だが【しあわせのハープ】に畏怖した。一体【しあわせのハープ】とは何なのだ?
「全艦、全速前進! 目標、隣国シシリア島!」

 § § §

 ナンセンスは宮殿の玉座の座り心地を堪能していた。今はふしぎの国の玉座に過ぎないが、いずれは全世界の玉座になるであろう――そう妄想しながら。
 甘美な妄想を砕いたのは、ワンダーであった。
「たった今、カーキ大佐から連絡がありました。艦隊は指定時刻にポイントS六を無事に通過、明朝予定通りにシシリア島に侵攻を開始する、とのことです」
「報告御苦労。下がって良いザマス」
 全く無粋な男ザマス――あからさまに邪険な態度で、ワンダーをその場から払おうとするナンセンス。しかし、ワンダーは玉座の前に直立し、その場を辞そうとはしなかった。
「まだ何かあるザマスか?」
「……大公閣下、女王陛下をどうなさるおつもりですか?」
「やはり気になるザマスか? まあ貴方とテノール前国王は大層仲が良かったから、無理からぬことザマスが」
 玉座に片肘を付き、ナンセンスは不遜にワンダーを問い詰めるが、ワンダーは臆することなく断言する。
「それはそれ、これはこれです」
「さすがは将軍、全てにおいて厳しいザマスね」
 クックックッ――ナンセンスの喉が鳴った。
「……それで、女王陛下は如何なさるおつもりですか?」
「女王陛下は【しあわせのハープ】の真の力を引き出す特別な『歌』を知っているはずザマス。先ずはそれを聞き出さないことには、話にもならないザマス」
 ワンダーは息を呑んだ。特別な『歌』のことは、王室やごく一部の側近しか知らないはず。それは特殊な『弦』についても同様だったが、しかし何故か知っていた。大公閣下は、一体どこまで知っているのだろうか――?
「で、無事に『歌』を聞き出した暁には……処刑するザマス。あの美貌はいささか勿体無いザマスがね」
「……では、妻や妾にしては?」
「子供は趣味じゃないザマス。それに、生かしておけばいずれ必ず火種になる女。だったら、将来の禍根は今断っておくべきザマスよ」
 ふっ……とナンセンスは片頬笑んだ。その邪悪な微笑に、ワンダーは背筋に冷たいものが走ったのを感じた。

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