Splendor of Ours – the first part –

Ambition〜野望

 ナンセンスは青年の頃から、王室に対して一つの疑問を持っていた。
 何故王室はもっと領土を拡げようとしないのか? 【しあわせのハープ】の力を以てすれば、領土拡大など容易いはず。それに、広い領土があれば豊かな実りを得られる。今よりももっと楽な暮らしができるはずなのに――
 その疑問は、彼が大公家の当主となり、領土拡大を進言したときに解明した。
 曰く【しあわせのハープ】は強大な力を持つため、他国に知られれば争いの種になる。それ故に、その存在を隠匿するために、建国以来現在に至るまで【しあわせのハープ】の力の一部を使い、雲と嵐による『結界』を張って外界から目を眩ませている。その力はふしぎの国の平和を維持するためにのみ行使されるべきであり、他国の領土に興味は無い。故に『結界』を解除するつもりも無い。生活も決して豊かとはいえないが、それならそれで慎ましく暮らしていけばいいことで、王室は現状で充分満足している――
 島を取り巻くあの忌々しい雲と嵐が【しあわせのハープ】の力によるものだったことも充分ショックだったが、それ以上にナンセンスの中で不満が更に深まっていった。
 王室は何も分かっていない。争いの種になるというなら、その前に相手を黙らせればいい。【しあわせのハープ】ならば容易いはず。王室は駄目だ。【しあわせのハープ】を有効に活用できるのは、やはり自分しかいない――
 やがて、ナンセンス大公はもっと領土を拡大し、最終的には全世界を掌握しようという「全世界ふしぎの国化計画」にとりつかれる。

 そんな折、テノール国王が崩御した。ここ数年、ふしぎの国は不作と疫病に苛まれていた。王室とて例外ではなく、テノールも流行病を患い、呆気なくこの世を去ったのだ。
 臣民に慕われていたテノールの喪が明けた後、一人娘のメロディ王女が即位して女王となった。
 メロディはまだ若く、政治に関しては至らない部分が多々あった。そこで摂政職が置かれることになり、メロディはナンセンスを摂政に任命した。メロディにしてみれば、王室のために良く働き、テノール前国王の信頼も厚かったナンセンスに重職を与えるのは自然な成り行きだったが、その内なる昏い野望を見抜くには至らなかった。
 もっとも、ナンセンスもそれを悟られないよう、巧く立ち回っていたのだが。
 摂政に就任したナンセンスは、早速「全世界ふしぎの国化計画」をまとめ、メロディに進言した。
 テノールには却下されたが、即位したばかりで何も分からないメロディ新女王ならば、うまく丸め込むことができるかもしれない――そう考えたナンセンスだったが、王としての教育を一通り受けていたメロディは、臣下の言うことを鵜呑みにするほど浅はかではなかった。
「領土を拡大すれば豊かになる――確かにそうかもしれません。しかし、そのために【しあわせのハープ】を使うことはできません。それは一歩間違えれば、ただの侵略行為です」
 テノール前国王と同じ姿勢を示し、進言を却下した。
 王室に対して失望したナンセンスは、淡々と公務をこなす一方、水面下で「全世界ふしぎの国化計画」の準備を始めた。

 § § §

 ワンダーはある日、ナンセンスの屋敷に招待された。摂政就任の祝宴に呼ばれて以来だ。
 豪奢な調度品と沢山の美味しいお菓子に囲まれながら、取り留めの無い話を続けるナンセンスだったが、ワンダーにとっては全く興味の無い話ばかりで、笊耳(ざるみみ)にならざるを得ないほどだった。
 いい加減痺れを切らしたワンダーが屋敷を辞そうとした時、
「ワンダー将軍、貴方、今の王室をどう思うザマス?」
 それまでつまらない話ばかり続けていたナンセンスの口から、思いもよらぬ言葉が出てきた。
「……どう思う、とはどういう意味ですかな?」
 まるで想定外の展開に、ワンダーはそう尋ねるのがやっとだった。ナンセンス大公は何を考えているのだ?
「言葉どおりの意味ザマスよ。王室のやり方はおかしい――そう思わないザマスか?」
「私は軍人です。そのような難しい話は解りかねます」
「これはこれは。防衛軍最高司令官にして、王室剣術指南役の言葉とは思えないザマス」
 ナンセンスの言うとおり、ワンダーはテノール前国王の剣術指南役でもあり、身分を越えて私的な交友も持っていた。
「私はただ、テノール前国王に剣術の手ほどきをしたに過ぎません。政治の話は門外漢です」
「果たして本当にそうザマスかねぇ……?」
 ナンセンスは含み笑いを漏らす。
「……何を仰りたいのです大公閣下?」
 これは大公の策略だ、乗せられてはいけない――そう理解しつつも、ワンダーは募る苛立ちを抑え切れない。そして、ナンセンスはそれを見逃さなかった。
「貴方、以前テノール前国王に『結界』の解除を申し出たことがあるザマスね?」
「!!――」
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 確かに、テノールがまだ健在だったころ、そう進言したことがあった。下手をすれば剣術指南役を解任され、軍を強制除隊させられる覚悟で。
『話はよく解った。しかし、仮に『結界』を解いたとして、その後ふしぎの国はどうなる? 私はこの国を愛している。例え国としての豊かさを引き替えにしてでも、戦禍に呑まれ蹂躙されるようなことだけは、何としても避けたい……解って下さい、師匠』
 テノールは結局進言を却下したが、最後までワンダーの話を聞き、解任も強制除隊もしなかった。
 ワンダーは釈然としない思いを抱えつつ、その場は引き下がったのだった。
 だが、これは王室の私邸で交わされたやりとりで、それを知る者はいないはず。何故、どうやってナンセンスはそれを知り得たのか?
「フフフ……壁に耳あり障子に目あり、ザマスよ」
 ワンダーの疑問を見透かしたように、ナンセンスは答える。
「そして結局、テノール前国王に『結界』の解除は断られたザマスね?」
「それが何だというのです? もう終わった話ですぞ!」
 ナンセンスは、ここぞとばかりに切り出した。
「まだ終わってなどいないザマス。あの忌々しい『結界』を解除する方法があるザマス」
「……何ですと?」
「私の『全世界ふしぎの国化計画』を実行すれば、可能ザマス。そして、計画が成就した暁には、全世界を掌握できるザマス」
 今度こそ、ワンダーは目を見張らざるを得なかった。全世界を掌握? 大公は気でも触れたのか? 知らずワンダーの口から苦笑が漏れる。そんなことできる訳が無い。
「全世界とは、また随分大きく出ましたな」
「そうでもないザマスよ。結界を解除し全世界を掌握すれば、この国は豊かになるし疫病など流行らないザマス。それに、エースとかいいましたか、あの異邦人(フォリナー)の養い子を他国に留学させることもできる……【しあわせのハープ】さえあれば、簡単ザマス」
 ワンダーの顔から冷笑が消えた。確かに、ここ数年の不作は史上かつてないことだ。今はまだ食糧の備蓄があるから良いが、万が一それが尽きた時は? 疫病だって、他国に特効薬があるかもしれないのだ。
 そう、あの忌々しい『結界』さえなければ、養子であるエースに、更なる広い世界を見せてやれる。他国から食糧や薬を調達できる。しかし、その為には【しあわせのハープ】を手に入れ『結界』を解除しなくてはならない。
 なるほど、そういうことか――ワンダーはナンセンスの思惑が読めてきた。
「あの忌々しい『結界』が無くなれば、全て解決するザマス。ワンダー将軍、この国の未来のため、私と共に『全世界ふしぎの国化計画』を実行するザマス」
 ナンセンスが右手を差し出してきた。その手を取れば、ワンダーもまた「計画」の実行者となる。
 癪に障るが、ナンセンスの言葉は間違っていない。「我々」が【しあわせのハープ】を手にすれば、この国に劇的な「変化」が訪れるだろう。その変化を少しでも良い方向に向かわせることができれば――例え臣民から「裏切り者」と罵られようとも、今この国には「変化」が必要なのだ。
「……私は大公閣下のことを穏健派だと思っていたのですが、なかなかどうして過激な御方だ」
 ワンダーはナンセンスの右手を握り返した。

 § § §

 ワンダーとナンセンスが手を組んだことで、防衛軍は実質ナンセンスの私設軍となった。軍の内部に少しずつ、反体制的な思想が広がっていく……
 そして、メロディが即位して一年が経とうとする頃。
「時がきたザマス」
「ついに起たれますか?」
「そうザマス。世界も、そして望みも全てこの手にするザマス!」

 とある水曜日。ワンダーはエースを自室に呼び出した。
「エースよ、我等は明日決起する」
「義父上? 決起とは、どういうことですか?」
「以前話した例の『計画』あれを実行する時がきたのだ」
「全世界ふしぎの国化計画」のことは大分前に聞いてはいたが、単なる机上の空論に過ぎないと思っていた。他人にも自分にも厳しい義父が、そんな大それたことをする訳が無い。
「……本気ですか義父上?」
 その一方で、ここ最近、軍内部に不審な動向が見られたのも事実だった。まさか義父上が本当にそんなことを――?
 しかし、ワンダーは次の言葉で、エースの僅かに残った希望さえ打ち砕く。
「本気だとも。この国を正しい方向に導くために起つのだ。エース、私についてくるよな?」
 聞き質す様な口調ではあるが、その実、それは拒否という選択肢の無い確認だった。事実、異邦人(フォリナー)である自分を育ててくれたワンダーに対する恩義があるエースは、ワンダーの思惑通り拒むことはできない。
 王室に対する忠義と、養父に対する恩義の狭間で悩み黙するエースに、ワンダーは更なる追い討ちをかける。
「お前の力、存分に発揮してもらうぞ」

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