Splendor of Ours -the second part-

 どうしよう? メロディは必死に考えていた。
 事の始まりは、メロディが王家に古くから伝わる大切な花器を、誤って割ってしまったことだ。ここは正直に謝るのが最善だが、十歳の誕生日を迎えたばかりの幼い姫に、その結論は導き出せなかった。
 かくして、メロディはその現場から逃げ出し、一国の姫であるにもかかわらず、広大な空中回廊の片隅にある薔薇園に身を潜めることになったのだった。
 無論、考え無しに来たわけではない。この薔薇園は王家の所有物で、薔薇の世話を担当する庭師以外の臣下は立ち入りを禁じている。また、その周囲を生垣が幾重にも囲っており、ちょっとした迷宮の様相を呈している。隠れたりするには最適だ。
 どうしよう? 今頃きっと大騒ぎになっているかもしれない。聞かれたら何て答えよう? 私がやったって言ったら、きっとお父様に叱られちゃうわ。だったらいっそ、知らないって言っちゃおうかしら? 別の誰かがやったって――
 よろしくない思考に流されそうになったメロディだったが、近づいてくる人の気配によって、その思考は中断された。
 最初は息を潜めてやり過ごそうと思ったが、誰が来たのか次第に興味が湧いてきた。気配と共に奇妙な声も――誰かが泣いているような声も近づいて来ていたからだ。
 メロディはそっと生垣の向こう側を覗き込む。てっきり大人だと思っていた気配の正体は、まだ小さな少年だった。メロディと同じか、やや歳下くらいだろうか、俯きながら力無くとぼとぼ歩いている。そして、奇妙な声はこの少年から聞こえてくる。どうやら泣いているようだ。
 メロディが隠れている生垣に差し掛かったところで、回廊の石畳に蹴躓いたのだろう、少年は不意に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
 自分が隠れていることも忘れて、メロディは思わず少年の側に駆け寄った。少年は誰もいないと思っていたところに突然現れたメロディに驚き、
「だ、大丈夫――痛っ!」
 慌てて立ち上がろうとするも、転んだ際に膝を派手に擦りむいていた。あっという間に血が滲み、少年の膝が深紅に染まっていく。メロディはワンピースのポケットから絹のハンカチを取り出し、少年の膝に巻き付けようとするが、上手くいかない。傷の手当ての仕方など、誰も教えてくれなかった。
 それでも、何とか膝からずれ落ちたりしないように巻くことができた。それまで、されるがままに大人しくしていた少年が、躊躇いがちに声をかけた。
「ありがとう……」
「どういたしまして。でも、ちゃんとお医者様に診てもらったほうが良いと思うわ」
「これくらい平気だよ。すぐ治るから」
 少年は立ち上がり、何回か膝を曲げてみせる。そこで、メロディはあることに気が付いた。少年はふしぎの国の住人には必ず備わっている身体的特徴――即ち長い耳を持っていなかったのだ。
「あなた……もしかして異邦人(フォリナー)?」
 何気ないメロディの一言に、少年はさっと顔色を変えた。わなわなとあからさまに体が震え、
「僕……やっていません!」
 踵を返して逃げ出そうとする。メロディは慌てて少年の手を掴んだ。突然どうしたというの?
「ちょっと待って! 何で逃げるの? 私、何かした?」
 しかし、少年は無言でメロディの制止を振り切ろうとする。メロディも必死に少年の手を握って離さない。わけのわからないまま逃げられるのは、癪だった。
 その時、風に乗って宮殿の衛兵らしき男の声が、複数聞こえてきた。
「異邦人(フォリナー)の子供(ガキ)は何処に行った?」
「急いで探し出せ!」
 どうやら衛兵たちは、この少年を捜しているようだ。少年の顔色が益々悪くなる。それを見たメロディは、少年を放っておけなくなった。何か事情があるに違いない。
「ついて来て。大丈夫、私も今は見つかりたくないの」
 メロディは少年の手を引いて生垣の奥、薔薇園へ歩き出した。そこなら誰にも見つからずに、話を聞ける。
「そういえば、あなたの名前聞いていなかったわ」
「僕、エースっていうんだ」

 薔薇園の中で、メロディとエースは色々と語り合った。特に、メロディはエースがふしぎの国にやって来た経緯に興味津々だった。曰く、乗っていた船が嵐に遭って座礁転覆し、ふしぎの国に漂着した、らしい。
「随分曖昧な言い方ね。どういうこと?」
「殆ど覚えてないんだ、じゃなかった、ないんです」
「……ねえ、どうして急にそんな言葉遣いするの? さっきまでは普通に話していたのに」
「それは、メロディ様がこの国の王女様だって知らなかったからです」
 よもや王族ともあろう者がこんなところに隠れたり、傷の手当てなどしてくれるはずもない。そんな先入観の所為か、メロディが自分からふしぎの国の王女だと言い出すまで、エースはまるで気付かなかった。
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「確かにそうだけど……そうだわ! なら友達になりましょう。それならいいでしょう?」
「えぇっ?! いやその……」
「いいじゃないの。エースと私は友達、決まりね!」
「それは……駄目です。そんなことしたら、父さん、いや、義父上に叱られます」
「ちちうえ?」
「僕の義父上はワンダー将軍なんです」
 メロディの脳裏に短躯だが逞しい肉付きの男が浮かんだ。両親であるテノール国王とアルト王妃とは談笑している姿を度々見かけていたが、メロディや臣下の前ではいつも厳しい表情をしている。その所為で、メロディにはどうにも解り辛い小父様という印象しかなかった。だから、
「ああ、なるほどね。確かにワンダーの小父様なら言いそうだわ。小父様っていつもこんな難しい顔しているものね」
 人差し指を目尻に当てて上に引き上げ、唇をへの字に歪めて見せる。それがあまりに滑稽なものだから、エースは思わず吹き出してしまった。
「何よぅ、そんなにおかしい?」
 わざと膨れっ面をしてみせるメロディ。それを見てエースは慌てて、
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです」
「嘘よ。別に怒ってなんかいないわ。ところで、エースはどうして宮殿に来たの?」
 メロディがそう尋ねると、緩みかけていたエースの頬に再び緊張が宿った。暫しの沈黙の後、エースは漸く語り出す。
「僕、義父上に王様とお后様に御挨拶しなさいって言われて、今日初めて宮殿に来たんです。
 それで、控えの間って所に連れて来られて、ここで待っていなさいって言われて待っていたんです。だけど、義父上はなかなか戻って来なくて、段々退屈になっちゃって、僕、部屋の外に出ちゃったんです。
 最初はすぐに戻るつもりだったんだけど、初めて見るものばかりで珍しくて、つい色々見て回っちゃったんです。そしたら、宮殿の衛兵さんに見つかっちゃって……」
「それで叱られて、ここに来たのね?」
 メロディの推理に、エースは小首を傾げてみせる。
「半分当たっているけど、半分違います。確かに、衛兵さんには叱られたけど、事情を説明したら、控えの間まで送ってくれたんです。それで、今度は大人しく待っていたんです。そしたら……」
 エースの目にじわり涙が滲む。それをぐっと堪えて、エースは続けた。
「四、五人くらいの大人の人たちが来て、いきなり『王家の花器を割ったのはお前だな?!』って怒鳴られたんです。僕、何のことだか分からなくて、知らないって言ったけど聞いてもらえなくて……それどころか『異邦人(フォリナー)の分際で宮殿に来るなんて、厚かましい子供(ガキ)だ』とか『助けてやった恩を仇で返すつもりか? お前なんか野垂れ死ねば良かったんだ』とか滅茶苦茶に言われて……
 そのうち、さっきとは別の兵隊さんが来て、僕を何処かに連れて行こうとしたんです。僕、怖くなって、そこから逃げて来たんです……
 ? あの、メロディ様、どうしたんですか?」
 一通り話し終えた後、エースはメロディの様子がおかしいことに気付いた。顔面は蒼白、視線は泳ぎ、冷や汗をかいている。しかし、当のメロディはそれどころではなかった。
 嘘でしょう? それってつまり、私がエースを陥れたってこと?! 私、そんなつもりじゃ――!
「メロディ様? どうしたんですか? 何処か痛いんですか? 気分悪いんですか?」
 エースが必死に呼ぶ声に、漸くメロディは我に返った。震える瞳でまじまじとエースを見つめる。どうしよう? 否、迷うことなんかない、謝るべきだわ。でも、怖い。何でもっと早く言わなかったんだって、私の所為で皆に虐められたんだって責められるのが怖い――
「本当にどうしたんですかメロディ様? 僕なら平気ですから、どうか泣かないで下さい」
 そう言われて初めて、メロディは自分が泣いていることに気付いた。ハンカチを取り出そうとしたが、それは今エースの膝に巻かれている。仕方なく手の甲で涙を拭おうとしたメロディに、エースがハンカチをそっと差し出した。
「ありがとう……」
 よれて皺だらけの木綿のハンカチだが、メロディは意にも介さずそれを受け取り、涙を拭った。
「あのねエース……私、エースに言わなきゃいけないことがあるの」
 メロディは意を決して切り出した。
「王家の花器を割ったの……私なの」
「えっ?!」
「本当は謝らなきゃいけないって解っていたのに、叱られるのが嫌で、逃げてここに隠れていたの。でも、まさかその所為でエースがそんな目に遭っていたなんて思わなくて……」
 エースは何が何だかわからず、目を白黒させた。
「だから私、決めたわ。お父様に正直に話してくる。そうすれば、エースも皆に苛められなくて済むもの。だから、エースも一緒に来て。宮殿に帰りましょう」
 エースの返事も待たず、メロディは立ち上がり宮殿へ歩き出す。唐突な展開に戸惑いながら、エースもメロディの後について歩き出した。

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