Splendor of Ours -the second part-

 宮殿に戻ってきたエースを衛兵たちが取り囲もうとしたが、
「エースを捕まえちゃ駄目よ」
 共に戻ってきたメロディがそれを阻止した。幼いとはいえ、王族であるメロディに前に出られては、どうしようもない。不審の視線をエースに浴びせつつ、衛兵たちは下がった。
 そんな衛兵たちを尻目に、メロディは慣れた足取りで国王の執務室に向かった。エースもそれに従う。今の時間、メロディの父・テノール国王はそこにいるはず。
 メロディたちが執務室の扉の前に立つと、脇に控えていた衛兵が立ちはだかった。
「これはメロディ王女。申し訳ございませんが、只今国王陛下は王后陛下と共に執務中でいらっしゃいますので――」
「構わないわ。通して。どうしてもお父様にお話ししたいことがあるの」
「……了解(ヤー)。少々お待ち下さい」
 渋々といった様子で、衛兵はメロディたちの来訪をテノールに取り次いだ。程なく室内から、招く声がした。
「メロディ、入っておいで。それと、一緒にいるのはエース君だね? 君もおいで」
 さほど広くない部屋の四方に置かれた本棚には新旧の書物がぎっちり収められ、空間に圧迫感を加えている。執務用の机は比較的開放感のある窓際に置かれてはいるが、山積みになった書類の束によって台無しになっている。その向こうから男と女が現れた。テノール国王とアルト王妃である。
「メロディ、お父様の仕事の邪魔をしてはいけませんよ」
 アルトは執務中に突然やって来たメロディを窘めるが、
「まあまあアルト、ちょうど一段落着いたところだし、いいじゃないか」
 テノールにやんわり宥められ、続く言葉を引っ込めた。
「メロディの話を聞く前に……君がエース君だね?」
 そう言って、エースのほうに向き直るテノール。エースは慌ててその場に跪いた。
 テノールとアルトへの謁見が決まってから、散々練習してきた挨拶だったが、いざ本番というときになって悉く吹き飛んでしまった。それでも何か言わなければと言う思いから、辛うじて言葉を紡ぎ出す。
「は、初めまして国王陛下、王后陛下。僕、じゃない、私はエースと申します」
「よくできました。ワンダーから話は聞いているよ。急にいなくなっちゃったから、皆で心配していたんだ。そしたら、君が花器を割って逃げたなんて言い出す者も――」
「お父様! その事なんですけど!」
 テノールの言葉を遮りメロディが割って入り、事の顛末を語り聞かせた。花器を割ったのはエースではなく自分である、叱られるのが怖くてその場から逃げて薔薇園に隠れていたが、そこにエースが現れ家臣に花器を割った疑いをかけられたと聞いた、そこでやっと自分が間違っていたと気付き、今こうして訪ねてきた、と。
 テノールは黙って娘の告白に耳を傾けていたが、少し厳しい表情で告げた。
「なるほど、だいたいわかったよ。けれどねメロディ、一つ大切なことを忘れているよ」
 そう指摘されて、メロディは肝心なことを忘れていたことに気付く。
「ごめんなさい、お父様、お母様」
 謝罪の言葉とともに、メロディは頭を下げた。しかし、テノールの言う「大切なこと」はメロディの考えていたそれと少し違っていた。
「違うよメロディ。私たちよりも先に謝らなくてはならない子がいるはずだよ」
 テノールの穏やかな視線がエースに向けられる。思わず面を上げたエースとメロディの目が合う。そうだ、私、とにかくお父様に謝ることばかり考えていて、エースにまだ謝っていなかった――
「ごめんなさいエース! 私ったらこんな大切なことを忘れるなんて!」
 メロディは我知らずエースの両手を握りしめて、謝罪する。
「いや、あの、その……」
 みるみるうちに朱に染められるエースの顔。緊張のあまり呂律も回らなくなってしまったエースの肩に、アルトの白い手が乗った。
「エース君、嫌な思いをさせてごめんなさい。メロディも充分反省しているみたいだし、赦してあげて?」
「そんな、赦すも何も……僕、じゃない、私は慣れているから大丈夫です。だから、アルト様もメロディ様も、謝らないで下さい」
 メロディに結果として濡れ衣を着せられたのは事実だが、故意にやったわけではないし、メロディを責めるつもりなど毛頭無かった。
「ありがとうエース君」
「それでね、私、お父様にお願いがあるの」
 メロディはテノールに耳打ちをした。初めはにこやかに聞いていたテノールだったが、次第に笑みが消えていき、
「メロディ、それは――」
「駄目?」
 暫し腕組みをして考え込むテノール。アルトを呼んで、耳打ちをする。途端にアルトの顔色が変わった。
「あなた、いくら何でもそれは――」
「拙いだろうね。でも、私はメロディの気持ちを尊重してやりたいんだ。どうだろうアルト?」
「あなたの決めたことですから、私に異存はありませんわ」
「なら決まりだ。ありがとうアルト」
 テノールは跪いたままのエースの手をとって立たせた。
「付いておいでエース君」

 テノールとアルトに連れられ、メロディとエースは宮殿の奥に向かった。一体何処に行くんだろう? 勝手知ったるメロディはともかく、エースは不安が募るばかりだ。
 やがて、大理石の弓形門(アーチ)の前でテノールたちは立ち止まった。テノールはエースを振り返り、
「ここは宝物殿。この中には大切なものや珍しいものが、沢山収められているんだ。今からこの中に入るけど、その前に一つ、約束してほしいんだ」
「何をですか?」
「難しいことじゃない。ここに来たこと、そしてこの中でおきたことを、誰にも話したりしないこと。勿論、ワンダーにも言ってはいけないよ」
「はい、わかりました」
 何故そんなことを言うのだろう? 見当もつかないまま、エースは頷く。その傍らで、メロディはにこにこ笑っている。
 大理石の弓形門(アーチ)をくぐると、その向こうにも大きな扉があった。テノールは胸に留めてあった深紅の宝石を外すと、精緻な細工が施された扉のある部分に差し込んだ。すると、がこんっ! 何処からか重い音がして、目の前の扉がゆっくり開いていった。
「どうしたのエース? 早く早く!」
 ぽかんとしたまま呆然としていたエースを、メロディが催促する。メロディに手を引かれ、宝物殿に入るエース。
 貴重な古代文献、豪華な装飾品、絢爛な調度品――その他にも数多くの宝剣や飲食器、美術品の類が、広い部屋の四方に所狭しと陳列されている。
 しかし、そんな中にあっても一際目を惹くのは、部屋の中央の台座に鎮座する一台のハープだった。微細な彫刻が施された白い胴体(ボディ)は優美な曲線を描き、金色に輝く二十六本の弦(ガット)が更なる彩りを添える。エースは白と金の神々しい色彩に、瞬く間に心奪われた。
「ほお、なかなか見る目があるじゃないかエース君」
 そうテノールに声をかけられなければ、エースは白と金のハープに完全に魅入られていただろう。
「あの、これは、まさか――」
「そう【しあわせのハープ】だよ」
 テノールは台座から【しあわせのハープ】を取ると、メロディに渡した。
「頑張りなさい」
「ありがとう、お父様」
 ハープを受け取ったメロディは、エースに告げる。
「本当にごめんねエース。お詫びに【しあわせのハープ】を弾いてあげるね。まだお父様やお母様みたいに上手く弾けないけど頑張るから……聴いてくれる?」
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 本来、一年に二回だけ国民の前で奏でられる国宝【しあわせのハープ】を、非公式とはいえ一国の王女が個人のために奏でるという。これは大変なことなのだと、エースの幼心でも気付く。そうなればもう、黙って頷くしかなかった。無論、メロディに詫びてもらおうという気は更々なく、ただ純粋にハープの音色を聴きたかったのだ。
 メロディは調度品の中にあった腰掛け(スツール)に座り、エースはテノールたちとともに傍にある長椅子(ソファー)に座った。
 メロディが【しあわせのハープ】を爪弾き始める。しかし、その旋律はひどくあやふやで辿々しい。両親から教わったばかりの大好きな曲だったが、メロディにはまだ難度が高かったようだ。他の曲に変えようか? 不本意ながらもそう考え始めた矢先に、アルトが助け船を出した。その旋律に併せて歌い始めたのだ。

 ♪ You have been lost in sadness
 ♪ Holding fear and anxiety
 …………
 ……

 メロディは驚いて演奏が止まりそうになる。止めないで続けるんだ――咄嗟にテノールが合図を出す。メロディは気を取り直して演奏を続けた。

 ……
 …………
 ♪ So , you don’t have to fall in loneliness

 そうして、歌による助け船はあったものの、メロディは何とか演奏を成し遂げたのだった。
「よくできたねメロディ。アルトもありがとう」
「凄いですメロディ様! アルト様!」
 テノールに倣い、立ち上がって拍手するエース。メロディも立ち上がり、きちんとお辞儀をしてそれに応えた。
「よかった。エース、やっと笑ってくれたね」
 言われて初めてエースは気付く。今日宮殿に来てから――もっと言えばふしぎの国に漂着してから、殆ど笑っていないことに。忌まわしい過去と過酷な環境が、エースから笑うということを忘れさせていたのだ。
「メロディ様のおかげですね。ありがとうございます」
 エースははにかみながら、メロディに笑顔を見せた。とくん、メロディの胸が高鳴る。
「そんなことないわ【しあわせのハープ】のおかげよ」
 メロディは俯いてハープを抱きしめた。胸の鼓動を聞かれたような気がして、気恥ずかしくてエースの顔を正視できなくなってしまった。
「確かに【しあわせのハープ】にはとても強い力があるわ」
 メロディの言葉を肯定するように、アルトは言った。
「けれど、エース君を笑顔にしたのは、エース君に謝りたい、お詫びしたいというメロディの優しさよ。ハープはその気持ちを伝えるお手伝いをしただけなの」
「そうなの?」
「そうだよ」
 テノールが言葉を継いだ。
「私が【しあわせのハープ】を弾くときも、ふしぎの国が平和でありますようにと思いながら弾いているよ。だから、大切なのは相手を思いやる優しい気持ちなんだ。メロディも、そしてエース君も、どうか忘れないでおくれ……」

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