Splendor of Ours -the second part-

Real Intention~本意

 目覚めは突然訪れた。夢の余韻覚めやらぬ頭で、メロディは辺りを見回す。焼きたてだったはずのクッキーは湿気りを帯び始め、淹れたてだったはずの薔薇の紅茶はポットカバーを掛けられているにもかかわらず、冷めきっていた。
 メロディは今自分が置かれている状況を自覚する。と同時に、転た寝している間に子供の頃の夢を見ていたことも。
「優しい気持ち、か……」
 それは、夢の最後でテノールがメロディに告げた言葉。
 あの頃は【しあわせのハープ】の力のことなど何も知らなかった。ただ、年に二回だけ両親が奏でてくれる美しい音色に、国民たちと同じように聞き惚れていただけだった。
 しかし、成長とともに多くを学んでいくに従い【しあわせのハープ】に対して畏怖と疑問を覚えるようになった。
 あれほど強力な『結界』を、この一台の小さなハープが作り出している。使い方次第でふしぎの国の運命を左右できる。もし間違えてしまったら――そう考えると震えが止まらないが【しあわせのハープ】を爪弾きふしぎの国に安寧をもたらすのは、代々の王の務め。逃げ出すわけにはいかなかった。
 それでも疑問は残る。隣国シシリア島を始めとする諸外国は【しあわせのハープ】がなくても国として成立しているという。ならば、ハープがなくては成り立たないこの国は、実はとても脆いのではないか? 事実、摂政によるクーデターが勃発し、自身も囚われ何時処刑されるかもわからない。
 死への恐怖からか、唐突に、不安が堰を切ったように押し寄せてきた。否、今まで不安を自覚していなかっただけなのかもしれない。僅かな間に色々なことが起きて、そして今改めて冷静に振り返ってみた結果、そうなっただけ――だとしても、ここで泣くわけにはいかなかった。何故ならメロディはふしぎの国の女王だからだ。王は泣いてはならないと、メロディは教授されていた。
 そこに、扉をノックする音がした。メロディの返事も待たずに扉が開け放たれ、ワンダーが踏み入ってきた。また様子を見に来たようだ。
「御機嫌麗しゅう存じます女王陛下」
「ごきげんようワンダー将軍」
 クーデターの実行者と囚われた権力者――正反対の立場であるにもかかわらず、ワンダーとメロディはいつもと変わらぬ挨拶を交わす。
「折角の差し入れ、お気に召しませんでしたかな?」
 ワンダーはテーブルの上の湿気たクッキーと冷めた紅茶に目配せする。
「紅茶はいただきました」
「それは重畳。食欲がないようでしたからな」
 ワンダーは窓際に立ち、外界の現状を語って聞かせた。主だった大臣たちや妖精族の最長老(エルディスト)は塔の地下に幽閉されていること、国中に戒厳令が発令され国民の間に不安が募っていること――
 それは初めてではない。ここへ来る度に、ワンダーはそうしていた。おかげで、メロディは塔の最上階に幽閉されているにもかかわらず、外の様子を充分に把握できていた。
 しかし、それ故にメロディはワンダーの真意を計りかねていた。ワンダーを問い質す言葉を口にする。これでもう何度目になるだろうか?
「何故私にそのようなことを話すのです?」
 ワンダーはそれに対する答えを口にする。これでもう何度目になるだろうか?
「女王陛下には知る権利があるからです。何も知らないまま処刑されるのは不本意でしょう?」
 ワンダーの判で押したような回答は、先刻承知していた。ただ、繰り返されるやりとりの中で、メロディはある推測を立てていた。どうやらナンセンス大公は、ワンダーが度々ここに来て外の様子をメロディに聞かせていることを知らないようだ。確信に得るため、メロディはワンダーに鎌を掛けてみることにした。
「ということは、ナンセンス大公は、このことを知っているのですね?」
 予想していなかった言葉なのだろう、ワンダーの鉄面皮に動揺が浮かんだ。しかしそれも一瞬のこと、一呼吸置いて、
「……当然です」
 ワンダーはメロディに対して目線を切りつつ答えた。メロディの中で推測が確定に変わった。普段のワンダーなら、話の相手から目を逸らすなど絶対にしない。ワンダーとナンセンスの関係は、決して一枚岩ではないのだ。
 ならば、今なら答えてくれるだろうか?
「何故小父様は、ナンセンス大公に荷担しているのです? 父も母も、そして私も、小父様をとても信頼していました。なのに――」
「……私にも叶えたい願いがあるのです。その為に【しあわせのハープ】が必要……それだけです」
 ワンダーは溜息混じりに答える。その言葉の意味が解らず、メロディは少し混乱した。
「将軍閣下、お話中のところ失礼します」
 そこに伝令の兵士が現れ、ワンダーに何事か耳打ちした。ワンダーの表情が緊張に引き締まる。
「わかった、すぐ行く」
 伝令の兵士を下がらせ、ワンダーはメロディに向き直った。
「どうやら不逞の輩が、シシリア島に展開した我が軍を退けた模様です。彼奴らは次にこの国に向かってくるでしょう。お喋りも過ぎたようですし、私はこれにて失礼します」
 不逞の輩とはきっと、フルートが呼んできてくれた他国の救援に違いない。これでふしぎの国は救われる――ワンダーの言葉にメロディは喜色を隠せなかった。
 メロディに敬礼し、退室しようとしたワンダーだったが、何か思い出したように振り返って言った。
「言い忘れていました。『あれ』のことですが、少々反抗的だったもので、大公閣下が直々に再教育して下さいました。不逞の輩の始末は『あれ』につけさせることにします」
 ワンダーが『あれ』と呼ぶ存在を、メロディは一人しか知らない。メロディの幼馴染みにしてワンダーの養い子……
「エースに何をしたのです?! 再教育ってまさか――!」
 喜色から一転、顔面蒼白になるメロディ。
「……全ては我が宿願のためです」
 今度こそワンダーはメロディの前から辞した。扉は再び閉ざされ、メロディは一人取り残された。
 フルートが命がけで呼んできた他国の救援に、エースが立ちはだかる――最悪の脚本に、メロディは震えが止まらない。何もできない自分が歯痒かった。

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