STARTING LEGEND

 パステルが稽古を始めて一ヶ月が過ぎた頃。
 誰が見ても上機嫌な顔をしたエリナが稽古場に現れた。結構まめに覘きに来ていたのに、そういえばここ二、三日姿を見ていなかった。
「初仕事よパステルちゃん!」
 上機嫌な理由も、姿を見せていなかった理由も、その一言で全て解明した。
「うちが契約しているデッサンドールレコードの新人お披露目ライブ! 一ヵ月後なんだけどね、ここで3曲歌ってもらうわ。勿論、他の事務所の子達も出るけど、別に競い合ったりするわけじゃないから全然平気。頑張ろうね!」
「はい!」
 突然の話に戸惑いながらも、パステルは当面の目標ができたことを素直に喜んだ。

§ § §

 十日後、関係者席のチケットが届いた。
 パステルとしてはマリやセイラはじめ友人たちの分も欲しかったのだが、主催者側から割り当てられた枚数が非常に少なく、結局二枚しか確保できなかった。ミントは六歳未満だからチケットは要らないとして、ライトとシナモン博士に渡したらもう品切れだ。
「お兄ちゃん……どうしようかな……?」
 わだかまりがあった。兄と慕うライトと異星の王女メローラが戦いの狭間で急速に惹かれあっていく様を、喜びながら心の何処かで嫉妬していた。メローラがライトの腕の中で消えていくときも、悲しみながら心の何処かで安堵していた。
 メローラがいなくなった今、ライトを支えられるのは自分だと自負していた。だから、落ち込むライトに色々手を尽くして元気を取り戻してもらおうとした。しかし、ライトはその手を拒み、悲しみにくれるばかりだった。
 その挙句の果てに飛び出したライトの『ダイコン足』発言。ここまでの経緯を知ってなお、あの場面でブチ切れるなと言うほうが無理である。ただ、自分は絶対間違っていないが、きつい言い方をしてしまった――そのことは謝っておきたかった。
「――よし!」
 パステルは散々迷った末、結局ライトにもチケットを渡すことにした。
 稽古が長引いて帰宅は深夜になってしまったが、幸いなことに部屋の明かりは未だ点いている。
 深呼吸を一つ。覚悟を決めて、パステルはライトの部屋のドアをノックした。
「お兄ちゃん、起きている? ちょっといいかな?」
 返事はない。寝ているのかしら? と思った瞬間、不意にドアが開き、
「……何だよこんな時間に?」
 不機嫌そうな声とともに、ライトが顔を出した。頬にしわの跡らしきものが付いているところから察するに、どうやらまたテレビゲームをしながら寝落ちしていたようだ。
「今度ね、ライブに出ることになったの。それでこれ、渡そうと思って」
 パステルはチケットを差し出した。ライトは寝惚け眼でチケットを見つめるが、受け取ろうとしない。
 そんなライトの態度に苛ついたパステルは、
「お兄ちゃん、私頑張るから! 絶対に見に来てね!」
 強引にライトの手にチケットを握らせると、
「……この間はキツイ言い方しちゃって、ゴメンね。じゃあおやすみ。ちゃんと電気は消してね」
 ライトの返事も待たずに身を翻し、自分の部屋に戻った。

§ § §

「何だよあいつ、こんなもの押し付けていきやがって……」
 ライトはベッドに戻り、チケットを弄びながら知らず複雑な表情になっていた。
「すげぇなパステルは……」
 稽古を始めてからのパステルの大奮闘ぶりは、一つ屋根の下で暮らしているライトが一番よく知っている。
 そして、あの時の言葉が脳裏をよぎる。
 ――何よ! いつまでもウジウジして! メローラ姫言っていたじゃない! いつも見ているから、きっとまた会えるから悲しまないでって……それなのに……お兄ちゃんは結局自分のことだけしか見えてない! 私のことも考えてよ! 皆のことも考えてよ!――
「わかっている。わかってるんだ……」
 それでも悲しくてどうしようもないのだ。自分の心のことなのに、軋む心をどうしようもないのだ。
 ライトはあの時のことを――惑星メルでの最後の戦いのことを思い出す。メローラがあの時力を貸してくれなかったら、脳味噌昆虫を倒すことはおろか、今ここに生きている事さえできなかっただろう。でも俺は……誰も、恐らくメローラ自身も、こんな結末は望んでいなかった!
 イーバの地底都市からメリーズ城に駆けつけたとき、既にメローラの肉体は曇り硝子のように半透明になっていた。
『正なる意識の集合体(シャインクラスター)』の力は人の身で扱うには強大すぎる、もし使えば肉体の消滅は免れず『正なる意識の集合体(シャインクラスター)』に還らなくてはならなくなる――側近がライトたちに告げた。
「ライトさん、パステルさん……もしかしたら……うまく『力』を制御できるかもしれないと思って……でも、やっぱりダメでした……」
 ライトは両の腕(かいな)にメローラを掻き抱いた。そうすれば、メローラの肉体が消えていくのを止められると思った。でも止まらない。消えていく。それに反比例するように、涙は溢れてくる。
「ライトさん、悲しまないで……私たちは、また会えます。貴方が正しいと感じたものを信じ……悪しきものと戦い続ける限り……」
 メローラも泣いていた。泣きながら微笑んでいた。
「この身が滅び、心は『正なる意識の集合体(シャインクラスター)』に還ろうとも……いつでも、貴方のことを見ています……」
 メローラは殆ど見えなくなった指先をライトに差し伸べ、消えゆく最期の一息で――
「ありがとう……貴方に会えて、よかった……」
 果たして俺は……その言葉に……報いているのか?

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