STARTING LEGEND

 瞬く間に時は過ぎ、あっという間にライブの日になった。
 ライブの開演は夕方六時からだが、リハーサルやゲネプロもあるので朝十一時ごろには会場入りしていないと間に合わない。そんな訳で、
「あーもうぜんぜん時間がないっ!」
 折角の休日にもかかわらず、パステルは朝から大忙し。身支度を整え、昼食や夕食も朝のうちにまとめて作りおきしておいた。そして、
「頑張っておいで。私たちも後から行くよ」
「ねーちゃ、オーオー!(お姉ちゃん頑張れ!)」
「ありがとう博士、ミント。行ってくるね!」
 シナモン博士や弟のミントに見送られ、慌しく家を出た。
 ただ、ライトの姿だけが、そこにはなかった。

§ § §

 予行練習(リハーサル)は順調だったが、総練習(ゲネプロ)の段階で問題が発生した。
 コンサートの音響を司るミキサーが突然故障したのだ。音響スタッフが必死に修復を試みるが上手くいかない。仕方なく修復を諦め、別の機材を使うことにした。
 しかし、開場時間は迫っている。今から都会島まで機材を取りに行っている時間はない。かといって、会場の備品のミキサーでは、プロの使用には到底堪えられない。
「あの……よかったら、私が行きましょうか?」
 スタッフのやりとりを少し離れたところから聞いていたパステルは、遠慮がちに申し出た。何だか拙いことになっているみたい。私にできることがあるのならば――そう思っての提案はしかし、
「だめよパステルちゃん。今ここを動くことは許しません」
 エリナの厳然たる一言で却下された。
「どうしてですか? ウインビーなら、都会島まですぐに行って帰って来られます!」
「今日のステージは、あなたにとってとても大切なの。万一のことが有ったらどうするの? それに」
 エリナは厳しい表情のまま言い放った。
「あなたの仕事は、ステージの上で歌うこと。機材の準備はスタッフの仕事よ、あなたの仕事ではないわ」
「!! それは……」
 そうかもしれないけど。言葉に窮するパステルだったが、その瞬間、閃くものがあった。
「だったら、ウインビーだけなら構いませんよね?」
「え?!」
 エリナの返事を待たずに、パステルは音響スタッフにウインビーを都会島まで遣いに出すことを提案すると、スタッフは諸手を上げてその提案を受け入れた。
 早速パステルは通信機でウインビーを呼び出した。
「▼パステル? どうしたビ?」
「ウインビー、ちょっとお願いがあるの」
 パステルは事の次第を手短に説明した。
「▼わかったビ。都会島のデッサンドールレコードまで行って、機材を受け取ってくればいいビね?」
「ええ、機材は向こうで準備しておくから。ツインビーやグインビーにも手伝ってもらってくれる?」
「▼了解。すぐ行くビ」
 三十分後、ウインビーたちは約束どおり、機材を無事に会場に届けた。
「ありがとうウインビー! ツインビーもグインビーも、突然こんなこと頼んじゃってごめんね」
「▼これでライブができるなら、お安い御用だビ」
「●僕たちは留守番だけど、テレビで応援するビ!」
「うん、頑張るね」
 そしてパステルはツインビーに向き直った。
「ツインビー……お兄ちゃんは?」
「★……部屋に篭ったままだビ」
「そう……」
 やっぱり来てくれないのかな? そんなパステルの心境を察したのか、ツインビーはいつになく真剣な声で言った。
「★大丈夫だビ。ライトはパステルのこと、ちゃんと理解しているビ」
「そう、かな?」
「★そうだビ。だから、ライトはきっと来るビ!」

§ § §

 ミキサー故障の影響で、ライブは四十分ほど遅れて開場、開演となった。
 今日のライブは、パステルの他に五組のアーティストたちとの共演である。事前に資料を渡されて知ったのだが、名目上は新人でも路上ライブやインディーズなどで相応に経験を積んできている者たちばかりだった。無論パステルにその手の経験などあるはずもなく、一番の経験不足者であることは明らかだ。
 更に、経験不足であるにもかかわらず、ライブの演奏順でパステルは最後――いわゆる『大トリ』を務めることになっていた。主催者側の思惑は明らかだが、エリナは逆にチャンスだと言って二つ返事で承諾してしまったのだ。
「エリナさん、恨みますよぉ……」
 抗議したところで通るはずもなく、嘆いたところで順番が変わるわけもなく、逆に、
「潔く諦めなよ」
「ここまで来たら腹を括りな」
「開き直っちゃえ!」
 共演者たちにからかわれる始末。そして、
「スタンバイお願いします」
 惑星メルでの戦いのときに覚えたものとは異質の緊張感に駆られながらも、ついにその時は来た。
「いよいよだわ……」
 パステルは共演者たちとステージに上がった。
 色鮮やかな照明。眩しいスポットライト。正に蟻の入る隙間もないほど埋まった観客席。総練習(ゲネプロ)の時には全然わからなかったけど、ステージってこんなに広かったっけ?  稽古とは明らかに違う。失敗をしてもやり直しは効かない。今は本番なのだ。
 パステルは圧倒されていた。脚が震える。叶うものなら逃げ出したい!
 ステージではにこやかに、顔を上げなさい――頭の隅に入れておいたはずのエリナの言葉も完全に吹き飛んで真っ白だ。どうしよう? 俯きがちになったパステルの目にステージ最前列の関係者席が映った。
 心配を隠しきれずおろおろした表情のシナモン博士、会場の雰囲気を肌で感じてはしゃぐミント、その隣に――ライトがいた。心配するわけでもなく、はしゃぐわけでもなく、ただ見届けようと静かな表情を湛えていた。
 慌ててパステルは背筋を正した。絶対頑張るから! と大見得を切った手前、ここで醜態を晒すわけにはいかない。
 ――やるよお兄ちゃん。見ていてね!
 パステルは知らず微笑んでいた。
 司会による出演者(アーティスト)の紹介が終わり、ライブが始まった。
 一組、また一組……ステージに上がっては歓迎の拍手で観客に迎えられ、降りるときには賞賛の拍手で観客に送られる。いずれも地道な音楽活動から這い上がってきた猛者だけあって、素晴らしい歌と演奏が繰り広げられた。そして……
「パステルさん出番です!」
 準備の間、舞台袖で待機するパステルを訪ねる者があった。
「エリナさん!」
「ライト君、来ているみたいね。よかったじゃない」
 事情は以前パステルから凡そ聞いていた。話を聞いた当初はライトを排除しようとさえ考えていたが、その存在が継続のモチベーションにもなると判断したエリナは、しばらく静観することにしたのだった。
「ここまで来たら、もう何も言うことはないわ。思いきり楽しんでらっしゃい! あなたならできるわ」
 ディレクターから準備完了の合図が出た。
 エリナはパステルの背中を軽くぽんとたたいて送り出す。
 そして、パステルは軽やかにステージに躍り出た。
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