STARTING LEGEND

 まだ体中あちこちが上気している感じがする――楽屋に帰ってからも、パステルは着替えもせずにしばらく放心していた。
 興奮の余韻に心地よく浸っていると、
 コンコン☆
 ――エリナさんかしら?
「はい、どうぞ」
 しかし、ノックの主は入ってこない。気のせいだったのかな? ドアの向こうを覗くと、
「お兄ちゃん?!」
 廊下にはライトが一人、所在なさ気に立っていた。
「……よお、来てやったぜ」
 パステルはライトを楽屋の中に招き入れた。
「お兄ちゃん、来てくれたのね! それで、どうだった? 私のステージ」
「んー……まあ何だ、その……」
 ライトは次の言葉を出すのを躊躇っているのか、どうも歯切れが悪い。ずっと目線を切ったままだし、心なしか頬も紅潮しているように見える。
「……努力は、認めてやる……それに、お前のことだ。どうせ今更俺が反対したところで、続けるつもりなんだろう?」
「うん……やりたい。続けたいよ」
 パステルはライトを見据え、はっきりと告げた。
「だけどな……お前はアイドルである前に、ウインビーのパイロットなんだ。それだけは忘れるなよ」
「勿論よ、お兄ちゃん」
「……そうか。だったら、いいさ……さてと、俺はそろそろ帰るよ」
 ライトはドアノブに手を伸ばす。
「ちょっと待って。だったら一緒に――」
「いや……悪いけど」
 そしてライトは初めてパステルを振り返り、意外な言葉で一緒に帰ろうと言いかけたパステルを遮ったのだ。
「早く帰って、ツインビーを整備やらないとな。長いことほったらかしだったし……」
「え? お、にい、ちゃん……?」
 あれ以来、よき相棒であるツインビーさえ顧みなかったというのに――!
 ポロポロ。一しずく二しずく、パステルの目から涙が零れ落ちる。
「あれ? あれ……?」
 拭っても拭っても一向に止まらない。あっという間にパス テルの顔は涙でぐしょ濡れになった。
 慌てたのは、ライトだ。
「な、何だよ? 何も泣くことはないだろう?!」
「~~~~……」
 パステルはもはや言葉にならない。しょうがないな――ライトはハンカチを差し出……そうとして、すぐに引っ込め、パステルも慌てて涙を拭った。
「お疲れ様! とてもいいステージだったわよ」
 突然エリナが楽屋にやって来たのだった。ライブ終了後も関係者各位に挨拶回りをしていたのだろう、声が少ししゃがれている。
 エリナはテーブルの麦茶を一杯一気にあおると、
「ぷはー生き返る! あ、これ見て!」
 両手に抱え切れないほどの書類の束を、パステルの目の前に積み上げた。
「な、何ですかこれ?」
「企画書よ! ドラマに映画、CMにラジオ――色々なところから出演依頼(オファー)が来てるの。でも先ずは今日歌った3曲をマキシシングルにして、その後はアルバムね。今からアーティ スト抑えとかないと……パステルちゃん、これからもっと忙しくなるからね!! 覚悟しなさ~い♪」
「……うそでしょう?」
「本気っぽいけどな」
 ライトはおろか、当のパステルでさえもこんな展開は予想だにしなかった。唖然とする二人を尻目に、エリナは上機嫌全開、やる気満々だ。
「お兄ちゃん……」
 せっかく仲直りできると思ったのに、これじゃまたお兄ちゃん機嫌悪くなっちゃう――パステルは恐る恐るライトを見る。しかしライトは、
「……まあ、頑張れや」
 肩をすくめ苦笑しただけだった。ただ、その言葉の裏にも浮かべた笑みにも皮肉は欠片もなかった。
 ただそれだけのことだが、心の中のわだかまりが解けていくような気がして、
「うん、お兄ちゃんが応援してくれるなら、私もっと頑張れるよ」
 パステルはやっと、意地でも何でもなく心の底からそう言うことができたのだった。
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~ 終 ~

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